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ぼくの見ている世界

感じたことを記録として書いていきます。

友人の仕事場でのカミングアウト、性別変更。

セクシュアリティ

ちょっと前ですが、FTMの友人が職場でカミングアウトしました。
その日記がとても良かったので、許可をもらってシェアさせてもらいます*
よかったら読んでみて下さい(^^)
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うれしいこと。
少し年上の友人が、名前を変えました。
それがどんなことか。
良かったら読んでみてください*
facebookでシェアさせてもらったところ、どんどん「いいね!」がついて、ついに40「いいね!」。
それほど、この友人の言葉や、想いがいろんなひとに伝わったということでしょう。
とてもうれしいので、ここでもシェアします*
同じ境遇のひとも、勇気をもらえるかも、という小さな願いもこめつつ…。

私が付き合っているパートナーも「○子」という名前です。
いまは「子」を除いて名乗っています。
でも戸籍上は「○子」。
どんな時に自分の名前が必要か、ちょっと思い浮かべてみてください。

病院、
ポイントカード、
カラオケ、
自己紹介、
家を借りるとき、
友だちと初めて会うとき。。

知らない人は、「名前くらいいいやん」と思うかもしれません。
いままでうまく説明できませんでした。
でも友人の日記はすごくわかりやすく書かれています。
”これで、僕の世界は大きく変わる”

うれしい一言がきけて、私も最高にうれしいです。
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たった名前を変えるだけで、こんなにも世界が変わるとは。
想像し、待ち望んでいたけど、それ以上の喜びを感じられています。

3月15日、ようやく改名手続きを完了。
裁判所からの許可は2月1日付で出ましたが、有休取れたのが、この日でした。

朝一で、東灘区役所へ。
謄本の変更には、東灘区から僕の本籍の区へ送る流れを踏まないといけないため、一週間程かかるようですが、住民票は即日発行可能であり、免許証の再発行には、住民票があれば行えるため、僕にとっては、取り急ぎ、それで十分でした。
区役所での手続きは、多分40分もかからず完了。
手続き自体は、決められたとおりに粛々と進めるだけ、と思っていましたが、僕の内側から僕自身を突き動かす「前へ、前へ」という思いと期待は明らかに感じられました。

これで、生きやすくなる。
僕の世界は変わる!

発行された住民票に記された、僕の名前。
なんてゆうか、これを上手く表現する言葉を持ち合わせていないけど、”ようやく手に入れた”という感覚が一番近いかもしれない。

そして、その住民票を持って、免許証の再発行手続きも済ませました。午前の業務終了間際に駆け込み、さほど時間かからず手続きが完了。

新しい免許証とのご対面。

これは、さすがに感慨深かった。
ようやく、ここまできたんやな、と思いました。

”これで、僕の世界は大きく変わる”

僕はこれまで、身分証明が必要な手続きは、出来る限りさけて生きてきました。
たとえば、ヨドバシやTSUTAYAのカード、クレジットカード 等々。病院もできるだけ行かないようにしてきた。
ちょっと我慢したら、て思われるかもしれないけど、到底、そこは自分の中で割り切れるものではなかった。
それなら、作らないで生きていく方がまだマシ。
(国内の航空券取得時も、もしも事故があったら…と思いながらも、通称名を利用してきました)

それが当たり前だった僕の生活が、僕の世界が、大きく変わりました。

早速、TSUTAYAのカードを作成。
自分が観たいDVDや聴きたい音楽を自分の好きな時に借りられる。
ちょっとした幸せ。

銀行口座を新規開設。
男性として。クレジットも。
これで、かっこよくカード決裁もできる!
生活の幅が広がる幸せ。

たった名前ひとつ変えるだけで、こんなにも世界が変わる。
この感慨深さや喜びは、言葉では表し難いもの。
車の購入や引越しだって、気兼ねなくできる。
これまで我慢してきたことや、どうしても身分証明必要な時は割り切って提示してきたことも。
全て、心が軽くなる。

ただ、僕がこれだけ生きやすい、と感じることの裏を返せば、それだけ今の社会が生きにくいということでもある。
単純には喜べない現実。

でも、僕が自分を男だと思うならば、日本が、世界がどれだけセクシャリティに寛容になったとしても、女性を意識させる名前のままでは、そこに生きづらさが無くなったとしても、自分が満足できないようにも思う。
結局は、自分がどう見られたいか、なのかな、と。
そこを、名前を変えずに乗り越えていけるほど、僕は強くなれないし、そこまでする必要はないようにも思う。
あくまで、僕は。

結論として…
名前を変えることで生きやすくなるのなら、それは自分らしく生きる手段として有効であり、人生を豊かにするものだと思う。
31年目にして、僕は新たな人生をスタートできる喜びと期待で、胸がいっぱいです。

前へ、前へ。

この歩みが行き着いた時、僕はどうなっているのだろう。
果たして、最終的に満たされるかどうかはわからないけど、満たされたい欲求が、今僕を突き動かしています。