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ぼくの見ている世界

感じたことを記録として書いていきます。

海外に行って思ったこと。

ずいぶん前から思っていたことだけど、書いてみることにする。
最初に思ったのは、小学校6年生のとき。

私は親の仕事の都合で、5年生でニューヨークのSaddle Rock Schoolという現地校に1年通っていました。
melting potを見えるようにした学校で、TESLという英語がまだあまり話せない生徒用のクラスがあって、みんな宗教も、見た目も、目の色と髪の色の組み合わせも全員違うかった。それが当たり前。自分が日本が来た事も何にも変じゃない。みんな一人一人がスペシャルなんだっていう気持ちが先生からも伝わるような学校だった。

それから帰国して、多言語をみんなで話すサークルに入ってて、そこで参加者の親から留学をしきりに薦められた。嫌すぎて泣いて、親に頼んで勧めないように言ってもらった。アメリカに行っていた事が理由なんじゃなくて、私は単純に留学したくなかった。妹はそれから3年に1回くらい留学してた。そこで言われたのは留学してホームステイをした方が良いという事だったけど、私は他人の家に行く事も嫌だったし、ひねくれてるかもしれないけど、当たり前みたいに最後の別れを悲しんで、もう一つの家が海外にできるよとか、なんかそう言うこと全般が作られたお話みたいで抵抗があった。もうひとつ何でかなと思ったのが、みんなアメリカとか英語圏ばっかりだったこと。確かに必要かもしれないけど、海外=英語圏というイメージも不思議だった。

大学に入ってボランティアをしたい!!と思いまくってて、(その後ボランティアって言葉を使いたくないと思うようになった話はまた今度)フィリピンに行った。
高校ではメキシコ、大学ではインド、韓国、フィリピン、卒業してから台湾…。
大学に入って、すぐ、周りの同級生の言葉にびっくりしたことがあった。
「留学生がいっぱいいるって聞いてたのに、全然いないね」
びっくりしすぎて、一体何を期待してこの学校に来たんだろうと思った。
見た目ではわからないけど、中国も韓国の留学生もたくさんいるのに、みんな外国=アメリカやヨーロッパの事をイメージする。留学に行くといえば、英語圏が前提。
それもあって、1回生のとき、友達と万国おしゃべり広場という名前で留学生を集めたら30人くらい中国の留学生が集まった。
アメリカに行ったり、全然違う所にいくんじゃないけど、見た目じゃ分からないいろんな人が実はいっぱい身の回りにいる、そんな事を確認できた。

自分がセクシャリティのことをカミングアウトすると、別の事をカミングアウトされる事が多い。
本当は在日なんだ。
本当は家族が大変なんだ。
本当は子ども産みたくないんだ。
本当は部落なんだ。
本当は…。

大学のポスターをみても、高校のアピールポイントを見ても、世界に飛び立とうとか、留学しようとか、外へ外へ。
外は大事だけど、もうここは多様性であふれている。
海外に行って、目に見える違いを体験する事もすごく大事で刺激的かもしれないけど、目の前にある、すでにみんなが生きている世の中は多様性で溢れていることに気付いてほしい。
私は気付かなかった。自分がセクシャルマイノリティだって自覚するまで、自分の周りにこんなに多様な人がいっぱいいる事を。海外にいかなくたって、いっぱい色んな経験が出来る事を。海外に行く事は自分にとってすごく大きかったし、自分の価値観をたくさんゆすぶってくれた。
でも、行きたいと思ったところに、行こう!と思って行く事が大事だったんだと思う。