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ぼくの見ている世界

感じたことを記録として書いていきます。

いまの自分の状況について

いまの自分の状況について。
書き記しておきたい。

私の妹が結婚した。
結婚したことは嬉しいことだ。
妹のパートナーも大切だ。

「差別しているひとなんていないよ」
「話せばわかってくれるよ」

着物を着るように言われたが、私はパンツスーツで参加した。
当日、「着物じゃないの」とおばあちゃんに言われ、
おばあちゃんに胸を触られて「けっこう大きいやんか」と言われた。
すごく嫌だった。自分の胸が大きいことはとても嫌なことだから。
服装のことをなんども言われた。
叔母には黒いヒラヒラのコサージュを渡されたけど、断った。
親族の挨拶なんて、「姉です」とそれだけで、鳥肌が立ちそうだった。

他の人たちには、なんでそんな格好しているのか、聞かれなかった。
ほとんどよさこいの知り合いなんだけどね。

聞かれない優しさもあるかもしれないね。

でも、聞かない冷たさもあると思った。
聞かれない。
わからない。
だから、こわい。

何人か信頼している人たちが、あえて私のパートナーの名を呼んでくれた。
母は、結婚式のおわりに、パートナーにハグをしてくれた。せめてもの、ハグ。
パートナーのことを必死にわかってくれようとしていた。

おわりに、友人が握手してくれた。
「お疲れ」
感動した。嬉しかった。



妹とだんなさんは付きあって7年目。

私とパートナーも付きあって7年目。
私の方が先に同居を始めた。

親族の席。私のいとこと、その家族、おばあちゃん。

相方の背中が見える。別の席だ。
別の席で、知らない人ばかりに囲まれている。

となりでおばあちゃんやお母さんが泣いている。
お父さんも泣いている。
会場が感動の渦だ。
私は一人、悲しい涙を流している。そんなこと十数回も呼ばれた結婚式や二次会で体験してきた。
何回もトイレで泣いたこと。私は忘れない。忘れられない。
だから、こんなことではもう泣かない。

少し泣いたけど、悔しいから、もう泣かなかった。

今年、妹がおばあちゃんにアウティングした。
妹は悪気はない。
辛い思い出が増えた。ここに書きたくないほどの辛い思い出だ。
人生二回目のアウティング。3度目があるなんて思いたくないね。

当日、おばあちゃんがパートナーを捕まえて、私のことを言った。
嫌なことはいわなかったけど、そのあとすれ違った私には、何も言わなかった。
目の前でおばあちゃんに捕まるパートナー。予想外の出来事。
「もう、腹くくるわ」と母に伝えて、一歩踏み出した瞬間、
「トイレいくから」と流された。



何も言わないのは優しさかもしれないね。みんな緊張しているのかも。


でも、
何かが起こるかもしれないし、起こらないかもしれないことは、

恐怖だ。

「だいじょうぶだよ」

そんな言葉、信じられない。

大丈夫だと思って、大丈夫じゃなかったことが何度もあった。
その「不安」を抱えて生きていることは「大丈夫」なんかじゃない。

怖い。



結婚式の数日前に、家族会が行われた。
最後の日やから家族だけで集まろうね、と母が言ったから。

親から今後のことなど話され、妹の結婚を祝うムードに耐え切れず、
私はその日いままでにないくらい号泣して、想いを伝えた。

一度も誰をも責めなかった自分を褒めてあげたい。

私のパートナーを妹のだんな同様に扱ってほしい。
そして自分は男でも女でもないと思っていて、
母親の願う幸せな「娘」として「幸せ」をあげることはできないのだと伝えた。

こういうのを、「何度目かのカミングアウト」という。
カミングアウトは1回で終わらないのだ。
なんどもカミングアウトして、やっと伝えたかったことが伝わる。
何年もかかるものなのだ。

2年前、私が家族といれなくなって「家出」したとき、(このことはあと10年後くらいに書こうかな)
パートナーと妹のだんな(当時は彼氏)も呼ばれて、母は私に「幸せになります」と言いなさいと言った。
辛くて辛くて、歯を食いしばりながら涙を大量に流しながら「幸せになります」と宣言したことはいまでも忘れない。

私の母はDV家庭で育った。こんなことここに書いちゃっていいのかわからないけど。
おじいちゃんが暴力を振るう人だった。
だから私は母に誰より幸せになってほしいと願っている。(と思う。)
それが私が自分自身に「幸せになる娘」というラベルを貼っていることは、最近気づいた大きなことの一つ。

今回は違った。

「私はあなたの望むような結婚や、子どもがいる家庭を築かないかもしれない。
でも私は幸せだし、新しい形の幸せをあなたにあげるから。」と伝えられた。

貧乏なんだということも言った。
貧乏だとお母さんは心配する。幸せじゃないんじゃないかと思って身を削る。
だから、言った。

お金がなくても、私は私らしく生きていくことが幸せ。
6畳で、ボロアパートで、モルモットしか飼えないけど、
いまの人生を幸せだと感じている。

私もパートナーも「女性」として生きれない。
だから仕事も見つかりにくい。お金もない。
でも、幸せじゃないのとは違う。

妹に聞かれた。
「友達とかみんな受け入れてくれるんじゃないの?世界はもっと明るいよ。」

奥歯を噛みながら、精一杯の丁寧さで、答えた。
「大切にしていた友達に言われたキツイ一言、会社でアウティングされて突発性難聴になったこと。
それは私の心を十分苦しめてきた。そのときのショックはいまでも続いていて、なくなることはない。
だから毎日そういう不安が、気持ちをしんどくさせるんよ。」

家族はなにも言わなかった。
わかってるの?わかってないの?わからない。

お父さんは、けじめとしてパーティのようなものを開催したら?と言ってくれた。

「結婚式をする人もいる。でも私たちは制度を待ちたい。」と答えた。

妹は、「旦那さんの家族に会って家族って思えたから、あなたたちもそうしたら?」と聞いた。

「去年パートナーが卵巣嚢腫で倒れて初めて、パートナーの家族は私の存在を知った。
だからもう少し焦らずにしたい。」

「私の家族だけでも、私のこと、パートナーのことをきちんと扱ってほしい。
私が死んだら、妹の旦那がするように、パートナーを扱ってほしい。」
と言って涙が止まらなくなった。


妹の結婚式。
私のパートナーはちがう席に座っていた。
他の人は、高校の同級生とか、よさこいとか描いてあるのに、
パートナーだけ、妹との関係性の欄が「空白」だった。

「空白」なんだと思った。
私たちは「空白」なんだ。
何で表すこともできない。

司会者がなんども言った。「幸せをつかみました」

そんなレッテルの貼られたような「幸せ」にならなくていい。

空白でいいのだ。
ラベルなんていらない。

そのためにつながりをつくっていく。
いままでの過去のつながりがなくなったとしても。
新しいつながりをつくっていく。
友達がいとこの役でいい。
何かあったら飛んできてくれる親友が兄弟だ。

新しい「かぞく」をつくっていきたい。


かっこよく、前を向いて締めくくれたらいいね。

本当は、

怖くない環境で、怯えないで生きていきたい。
パートナーがいてもいなくても、自分は自分の好きな服装を着て、好きな靴を履きたい。