ぼくの見ている世界

Waka Kobayashi/感じたことを記録として書いていきます。

うつと、祖父のお葬式。

2016年7月19日。

今日も鍼治療へ。
私は自律神経失調症、うつ、らしい。
鍼治療でいわゆるパニックもあるね、と言われました。
去年の5月から抗うつ剤と睡眠剤と一緒にがんばってきました。
気づいたら昨日が海の日で、梅雨もあけていて、そんな中、
置いてきぼり感が私を責めるのですが、そんなことないよと自分を励ますためにも、
ブログを書いておこうと思います。

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体調はずっと悪かった。
だけど休めばましになると思っていた。
そんなことはなかった。
下痢続き。かと思ったら便秘が続き、、。
毎日悪夢をみて、寝た気がせず。
楽しかったよさこいも憂鬱になり、
人とのコミュニケーションが怖くなった。


(2016/12/8 一部削除しました)

5月ごろには、食欲はなくなり、自己嫌悪が続いた。

信じられないくらい、人と会えなくなり、
電車に一人で乗れなくなった。
家に一人でいると涙が止まらない。自己嫌悪で心がつぶれそうになる。

18:30を過ぎると、黒い雲がやってきて、私を連れて行こうとする。
いままで出会った妖怪たちが「お前の努力不足だ」と追い立ててくる。

少しの不安で、動悸がして、過呼吸気味になってしまう。

家族を頼ればいいのでは?そんな風に思う人もいるかもしれない。
3月に結婚した妹と私とパートナーの差が見えて、苦しく、家族は頼れなかった。
テレビに出た私を祖母が発見し、セクシュアリティがバレ、それ以上のことを妹が話してしまう。
その後、妹が結婚するから最後の家族会議ということで集まりが開かれたのだが、
私は妹の結婚の話を聞いておられず、号泣しながら私とパートナーを妹とだんなさんと同等に扱ってほしいと頼んだ。
だって、私はもう2年も同棲しているのだ。そのことに触れられないことが、私の自尊心を傷つけた。

6月急遽祖父が亡くなる。
もうどうにでもなれ、そんな気持ちでパートナーに黒いネクタイを着せ、お通夜とお葬式へ向かう。

親戚のおばちゃん(もう80過ぎのはず)が「男でも女でも構わないやんか」と母に話してくれた。
50カ国以上旅行にいったことのあるスーパーウーマン。

7月。49日は親族だけで。「○○ちゃんも一緒においで」と祖母が言ってくれるので、恐る恐る参加。
親戚のおばちゃんに今回のことをお礼を言うと「いつか日本も女性同士の結婚が認められるからそれまで周りは気にしんとき」と。かっこいい。今回の件で一番救われた言葉。人生の先輩からそんな言葉が聞けるなんて夢にも思っていなかった。もっと早く話していれば、残りの人生もっと近くで支えてあげられたのに。カミングアウトの壁はいつだって人間関係をもったいないものにする。
会食で、叔父はパートナーのことを知らない人に小声で「大きな声では言えんのやけどね」と笑っていた。
でも、そんなこと吹き飛ぶくらい、パートナーが親戚になっていく感覚は、私にとって大きな勇気だった。
例え、死んだ祖父がDVおじいちゃんでも。そのことはまた別の機会に書いてみる。

そんなこんなで、
4月から7月まであっという間だった。
休む暇もなかった。
休み方がわからなかった。
休もうとすると、自責感、虚無感がおそってきた。これがうつなんだろう。
体調は常に悪く、腰や首が痛くなり、神経痛になった。
長時間外にもいられない。これが自立神経失調症なのか。
何よりしんどかったのは、誰にも会えないこと。目を見て話せなかったり、どもってしまったりする。
いろんなことが気になって話せない。一人で出歩けない。一人で居れない。
ほとんどの人に自分の状況を話していないため、相談相手がいない。
フラッシュバックを起こしてしまうため、人に会えない。余計しんどくなる。
何度もアップダウンを繰り返しながらよくなっていくとわかっていても、
心配なことはたくさんある。

お金。将来の見えなさ。私たちはどうなっていくんだろう。

私たちがもし結婚していて、パートナーに仕事があれば、
こんなに不安ではないかもしれない。

私たちはセクシュアルマイノリティだから、
仕事をするのが不安で、人に日常を話すのが怖くて、
将来が見えなくて、家族も頼れなくて、
病院にも行きにくくて、
どこに相談すればいいのかわからなくて、
気晴らしをしようとテレビをつければ、差別的な発言に傷つき、
本音で相談できる友達も限られていて、
とにかく社会に壁がある。

「強くなれないあなたのせいだ」と、また妖怪が私に囁いてる。