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ぼくの見ている世界

感じたことを記録として書いていきます。

おばあちゃんへのカミングアウト

おばあちゃんに先日、パートナーを紹介することができた。おばあちゃんは今年85。

亡くなるまでに紹介できて本当によかった。

おばあちゃんに初めてカミングアウトしようと思ったのは21歳のときだった。関西レインボーパレードのリーフレットを見せた。
「今度、参加するんだ」と言った私におばあちゃんは「いいやないの、私はこういうのに偏見ないよ」と言われた。ホッとしたのもつかの間、「あんたはあかんで」と、鋭い目をして言われた。
血の気が引いた私は、リーフレットをさっと掴んで「私は違うよ」と、伝えた。

あれからずっとおばあちゃんに会うのが気まずかった。
お正月にも顔を合わしづらかった。

服装のことは小さい時から「女の子らしく」おばあちゃんのくれた服を着て祖父母の家に行くようにしていた。自宅ではボーイッシュ、でもおばあちゃんちに行く時は「女の子」らしく。いつもいつも胃が痛かった。素直な自分でいられなかった。おばあちゃんが使ってくれるお金も、ほしいものに使えなかった。

先日妹の結婚式があって、おばあちゃんに妹が全て話してしまった。一緒に住んでいることや、パートナーがトランスジェンダーであること。全て。人生2度目のアウティングだった。このことは別のときに書く。

結果的には最悪の状況にならずに済んだ。
妹はよかれと思ったらしいが、アウティングの内容は、絶縁することになってもおかしくないものだった。その時は、妹に対して悔しくて悲しくて恨めしい気持ちでいっぱいだった。

6月、祖父が亡くなり、お葬式にパートナーを連れて行った。それから法事、49日、初盆と、パートナーを連れていった。

でも、ここまできたら後戻りはできないって気持ちで腹をくくった。いっしょに腹をくくってくれたパートナーには心から感謝している。

みんながよそよそしい言葉を向ける中、嬉しい言葉をくれた人がいた。忘れないように記録しておく。赤十字で働き、そのあと55カ国に旅行に行った親戚のスーパーおばあちゃん。「男でも女でも構わへん。女性同士の結婚ももうすぐきっとできるようになる。それまでのしんぼうや。」涙が出てしまった。ものすごく尊敬していた人なのに、パートナーのことを言えなくて、今まで距離をとってきた自分に気づいた。

カミングアウトできないということ。
それは本当のことを言えないだけじゃなくて、心の距離を生み出す。溝はどんどん深まって良かれと思って発される言葉が、私の傷を増やし、足が遠のいていく。

今回おばあちゃんがパートナーを親戚として見てくれるようになって、心の傷が少し癒えた気がした。

あと残りすくないおばあちゃんの人生の中で、パートナーと今までできなかった恩返し、今まで作れなかった時間を、大切にしていきたい。

カミングアウトできないでおばあちゃんと別れたらと思うと、悔しくて悲しくて辛かった。妹の結婚式を見ながら私は歯を食いしばって泣いていた。何度結婚式で悔し涙を流したかと思う。

そんな時間を少しでも減らしていきたい。
減らしてほしい。
個人の力ではどうにもならないこともあるのだから。