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ぼくの見ている世界

感じたことを記録として書いていきます。

セクシュアリティとおばあちゃん

はじめてLGBTのことをおばあちゃんに伝えたのは2010年くらいのことだった。
パートナーもいなくて、ただパレードのことを知ってほしくてチラシを見せた。

「おばあちゃんこういうの、偏見ないよ」

ほっとしたのもつかの間。

「あんたは絶対あかんで」

そういってチラシを突き返された。

あれから6年。

おじいちゃんの入院中、友達と偽って会わせた。


テレビに出たのを見られてカミングアウトせざるを得なくなったとき、妹にすべてアウティングされた。

今年妹が結婚した。パートナーは友人席に座った。おばあちゃんが私のパートナーをわしづかみにして「孫をよろしくな」って言い残して帰っていった。

それから今年おじいちゃんが死んだ。

お葬式にネクタイをしめたパートナーを連れていった。

法事にパートナーを連れていった。

おばあちゃんが母に電話で詳細を聞いてきた。

私は両親に号泣しながら、私のパートナーを親戚として扱ってくれと頼んだ。

いまおばあちゃんとパートナーの話を普通にできるようになった。

「子どもがいなくても、結婚しなくても、幸せの形は人それぞれ」

そうおばあちゃんは言った。奇跡のようだ。

ここまで6年。

もしセクシュアリティのことを話せたなら、

同性パートナーへの理解が進んでいたなら、

私はどれだけのことを、おばあちゃんにできただろう。

これがカミングアウト。

これがセクマイのリアル。
そんな感動的なドラマチックなものじゃないんだよ。