ぼくの見ている世界

Waka Kobayashi/感じたことを記録として書いていきます。

1年の総括

1年前の体調管理日誌を見てみます。
しんどくなる内容も多いので、やばそうって人はパスしてください。

せっかく書いたのに途中で消えました笑
悲しい。。。

それでは振り返りスタート。書けることに限界もあるので、抽象的な表現が続きます。
もちろんここに記すことが全てではないし、読んだ人になにかを言ってほしいわけではありません。
ただ、私がこの一年間生き延びた証として。

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2015年12月24日。ちょうど1年前から心身健康ノートをつけ始めました。
初めて心療内科のカウンセリングにいったのが5月。
その時「しんどい」というたった4文字が喉につかえて言えなかったのを覚えています。
よくわからないけど「不安な気持ちをましにする」薬を飲みはじめ、2016年、今年の4月に休職。
すごい勢いで流れていった、最後の20代でした。

2015.12.24
私は毎日「1〜6hめまい」「下痢」「頭痛」の中、猛スピードで流れていく社会の中で必死に泳いでいたのでした。
耳鳴り、こまくが張りはじめ、いままでの仕事を思う通りにこなせなくなっていた。
突発性難聴が再発するんじゃないかと病院に通いながら、BtoBの仕事をするとアウティングの過去がフラッシュバック。

家族に会いたくない。
年末は友達と過ごし、年明けに流れたセクマイのテレビに出演したことがおばあちゃんにバレる。

2016.1.10 おばあちゃんから電話が入る。

自分の気持ちが爆発する。
言いたいことを言いたい時に言えない。
ある日の22:00、涙が止まらなくなる。
「自分の想いが受け止められない」
「診断書」が意味をなさない。

友人の友人が自死
2014年の4月に旅立った友人のことを思い出して眠れない。

カウンセリングで「自分の過去を償おうとしている」と言われる。
私のLGBT活動は、差別的な自分への自傷行為

「私は、幸せになる価値なんてない。」「幸せになると必ず不幸がやってくる」
2016年の今日も、同じ言葉を日記に書いている。

私も「トランスジェンダー」という言葉を使いたい。
「Xジェンダー」である自分が「X」という言葉に違和感がある。

それが身体違和であろうが、性同一性障害であろうが、私は女でも男でもないと思っているというこの事実をだれかに言葉で「認めてもらいたい」
他人から発さられる「言葉」が私を苦しめる。

2016.1.11 知人が自殺未遂。

しんどい。とにかくしんどい。

そんな言葉がノートを埋め尽くす日々。


電車で涙が止まらない。

そういえば小学校からずっと人と馴染めなかったなとか、対人関係苦手やなとか、自己嫌悪の文字が止まらない。


2016.2.1 人生二度目のアウティング。妹がおばあちゃんに全てを話してしまう。
DVしていたおじいちゃんみたいになりたくない。涙が止まらない。
友達が自殺しそう。まただ、失いたくない。

2016.2.15 HSPという言葉に出会う。チェックリストで満点。繊細な自分を表す「言葉」があったのだとホッとする。
妹の結婚式。泣き続ける。友人が言ってくれた「お疲れ」だけが救いだった。
2016.3.1 自分の誕生日会@実家のあと涙が止まらない。
2016.3.14 実家でいままでの想いをすべて話して号泣。

  • 2014.12.25に家出をした理由
  • 「 幸せになります」と家族の前で宣言させられたことがいかに辛かったか
  • 結婚しないことで親の理想になれなくて申し訳ないこと
  • こどもがいなくても「幸せになれる」こと
  • 自分の性別のこと
  • 私が死んだらパートナーをきちんと扱ってほしいということ


4月。休職。

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4月からは労基署やら弁護士さんやらに会い、助けを求める日々。
ずっと悪夢。ずっと体調不良。
ご飯が食べれない。吐き気。
家を出られない。すぐ座りこんでしまう。
一人で行動できない。
2016.5.14神戸IDAHOなんとか終了。

2016.5.16.道路に座り込んで帰れない。
眠れない。
よさこいの代表もしつつ。鬱がひどくなっていく実感がある。
自分が悪いのか。
2016.6.3 新卒で入った会社の側を通った時にフラッシュバックし、震えが止まらなくなり、大声で泣く。
その夜おじいちゃんが亡くなる。
パートナーをお葬式に連れていく。実質親戚にカミングアウト。

駅、電車で号泣。家で倒れる。

悔しい。悲しい。どうしたらいいかわからない。
とにかく生き延びるしかない。

2015.6.30 鍼灸院に初めて行き、体調がよくなる。

2015.7.1 高校剣道部の恩師が急死する。
2015.7.2 お通夜で「ありがとうございました」と泣き叫ぶ。

2016.7.9 よさこいの合宿でパニック、号泣。
2016.7.10 帰宅後知人からの電話でフラッシュバック。


ふつうに人に会って、ふつうに1日を終えたい。切実。

2016.7.31 退職。

2016.8月以降
これからどうやって社会と繋がっていけばいいのかわからない。
近くのショッピングセンターで立てなくなる。
気持ちが収まらない。怒りや悲しみがこみ上げてくる。
一人でいると不安が襲ってきて、パニックになる。
泣いてしまう。
鍼灸院に毎週通いながら、よさこい代表をやりきる。

過去の恋愛について思い出して、自傷的になる。


抗不安剤を飲みながら過ごす日々。


2016.10.2 パートナーと二人でカウンセリングへ。
「1年後が想像できますか?」との質問に号泣。

2016.10.6 号泣。エゴサーチ。死んだ人になったみたいな自分を想像する。
創ってきたものや成果やつながりもすべて奪われた気分。
「なーんもなかったみたいに」と書き綴る。
何もなかったみたいに私の人生が扱われる不条理が悔しい。

2016.10.14 8時間も人と会って話せる。新しいつながりに救われる。

2016.10.16 いつもオフィシャルな自分でい続けている。LGBT活動を始めた2007年から。いつも緊張している。常に人からの評価が怖い。評価を気にせず好きなことをする方法がわからない。染みついている。

2016.10.20 大好きな先輩に「わかさんが死んだら号泣する。ふたりぼっちだと思わないで」と言われる。たくさん泣く。
2014年の5月旅立ったあの子に会いたくて仕方がなくて泣く。

自分を自分で大切にできない。
一人で駅にいけない。手足が震える。
社会とつながるとこわい。不安。傷口が開く。

地震でフラッシュバック。
人間関係が怖い。不安。
大切な友人を失うのが怖い。

2016.11.6
カウンセリングの後、階段で座り込んで泣く。
自死したあの子の分まで、震災で亡くなった人の分まで私は生きなければと思っている。

2016.11.8 自分を叩く。気持ち悪い。元彼のことがフラッシュバックする。

2016.11.11 床で死にそうになる。何かを持った瞬間自分かパートナーを刺してしまいそうで、1時間くらい泣きながら耐える。

自分がポリアモリーなのではないかと考え始める。
そのことをパートナーに相談できず悩む。
罪悪感が止まらない。
パートナーに対して求めすぎる、しんどい。

2016.11.20
カウンセリングでたくさん相談。だいぶまとまってくる。
元彼のことをひたすら思い出すことが自傷行為のようになっている。
お金がなくて不安で仕方がない。
フラッシュバックすると過呼吸になりそうになる。
「自分を傷つけてしまえ、お前が悪い、弱い」と黒い雲が迫ってくる日々。

2016.11.16
パートナーが「わかは気持ち悪くない」「自由にのびのびしてほしい」と言ってくれる。
すこし光が見えた気がした。

2016.11.22
上原ひろみのコンサート。
相手に「誠実に」自分に「自由に」生きたいと思えた。



ずっと雨の日が続いている気分。
苦い味の鬱をじっくり味わっている気分。


2016.11.27 ポリアモリーの集まりに参加。2回目だけど、自分らしくいられる気がした。
自分のいままで心の中でつっかえていたものがポロリと外れた気がした。

毎週パートナーと外出してミーティングをすることにした。
気持ちの共有、時間の使い方の確認。
ピアカウンセリング的な役割になった。


2016.12.8
ふと気づく。
社会に対して強くあらねばと思っている自分。
Xジェンダーバイセクシュアル。
無職。
変人。
人と違うこと。
いつも常に自分は社会の中で下位の存在だと思っている。

2016.12.12
気持ちが整理されてきた。
「非定型うつ」という言葉を知る。
いつも「また同じ目にあったらどうしよう」と怯えている自分がいる。



今。



一年経ってやっとわかってきた。



自分で自分のことを大切にできることがどれほど大切なことなのか。

自分の大切な気持ちを発言できること、受け止めてもらえることがどれほど大きな意味を持つのか。

私は男でも女でもないXジェンダーだと思っている。
体を変えるつもりはない。
そして、トランスジェンダーのパートナーがいる。
そして、私はポリアモリーなのかもしれないも思い始めた。
ずっと自分の中でもやもやしていたもの。

それは私は好きな人が好きだということだった。ずっと自分の中で否定してきた感情。
友達から恋人までもグラデーションのようになっている。
好きな人がむかしからたくさんいた。
私は気の多い変人だと思っていた。
だから大切に扱ってもらう価値なんてないし、変態なんだと思っていた。

どんなセクマイの集まりにいっても、恋人以外に好きな人がいるなんて絶対言えなかった。
友達にも「パートナーを傷つける」と言われた。
でも今年、いっぱい悩んで、いっぱい相談して、パートナーが「ポリーフレンドリー」だとわかった。
自分が自分らしくいることをパートナーは受け止めてくれた。
そして、好きな人に好きだと伝えることができた。
このことをここでカミングアウトすることで、どれだけの人が離れていくだろうかと思う。

自分の好きな人の性別が男女問わないことを伝えたとき、多くの人が離れていったように。
傷つくことばを言われたときのように、また私は居場所を失うのかもしれない。

でも、
私は気づいてしまった。自分のことを受け止めてあげないと次には進めない。
私は幸せになっていいし、自分の気持ちを大切にしてもいい。
好きな人にはたくさん愛を伝えたいし、好きなことをたくさんしたい。

2017年私にとってどんな年になるかまったくわからない。
雨のち晴れ、だけど晴れのち雨なんじゃないかって心のどこかで思ってしまっている。


薬飲みながらだっていい。
呪縛から解かれたい。
パートナーに相談しながら、友達を大切にしながら、
私は私の世界で私の生き方を肯定していきたい。

おしまい。