ぼくの見ている世界

感じたことを記録として書いていきます。

はてなブログ1年目だそうです。いまのぼくについて。

はてなブログが1年経ったよとメールでお知らせしてきたので、
いまの気持ちを綴っておこうと思います。

この1週間、2週間?それとももう1ヶ月か、
なんだかモヤモヤが晴れなくて困っています。

31歳になって半年が過ぎようとしています。

相変わらずぼくはフリーランスで小さな仕事をもらって
ウェブサイトを作ったりデザインをしたりしながら、
傷病手当と貯金で食いつなぐ日々です。

4月に始めたジムのおかげで体力がつき、
一日外を出歩くこともできるようになりました。

発達障害と鬱の薬、眠剤もなんとなく落ち着いて、
薬でゆさぶられることはなくなりました。

休みの日には友達と遊んだり、どこかに出かけたりするようになりました。

ただ、減っていくお金。
時間はあるけど減っていくお金。

それと見えない未来。

コラージュをしたりギターを弾いたり作曲したりするには
inputが必要なわけで、inputするにはエネルギーが必要なんですが、
人や社会とつながっていないことは生きづらい。息しづらい、のだなと改めて思います。

31歳。
まわりの友達は主婦になり、親になり、それぞれにやる「しごと」があり、社会の中でなんらかの「やくわり」を得て生きています。

ぼくは、どうやって生きて、死んでいくのか、いまだにイメージができないです。

2月に死にかけて、というか、死を選ぶのか真剣に考えて、死なないことを選んだんだけど、
こんなにも生きにくいのはぼくが、セクシュアルマイノリティだからなのか?発達障害だからなのか?アダルトチルドレンだからなのか?アートが好きな性格だからなのか?

2月に曲を作り始めたのは、「作りたい」という気持ちではなく「死ぬくらいなら思ってることを歌にでもしよう」という衝動から生まれたのです。なにもかっこよくなんてないし、今度11月にやるグループ展に出す作品たちは、グループ展をするために生まれたものではなくて、自分が生きるか死ぬかの時に作るしかなくて作ったものたちで、もう隠すものもないなら見てもらおうか、というわけで。

なんとなく自分の生きづらさは生まれたときから変わっていないような気がする。
というか年々生きづらくなってきているような気もする。
ただ、年々生きづらさに向き合うことができているので、対処方法や、攻略方法は身についてきている。

31歳、戸籍上女性、ってこんなもんなのでしょうか?

たとえば、スタバで仕事をしていると、横のおばあさん2人組が話している。「あそこの夫婦は体外受精だったらしい。女の子みたいな顔の男の子が生まれた。」そうやって自分たちの孫や子供の家族の話をしている。
そしてまた人が入れ替わり、同い年くらいの女性2人が座ってくる。「仕事はどう?彼氏はどう?」そんな話をしている。ヒールを履いて、えりの丸いカーディガンを着て。

どこから見ても、「おかしくない」人たちが街中に溢れていて、
ぼくは自分のことを31歳/女性としては「おかしい」方だと捉えているのだと実感する。

だから今日も隣の会話が盛り上がり始めるとイヤホンをしてお気に入りのプレイリストをかけて蓋をする。

世間に蓋をする。

見たくないし見られたくない。

31歳/女性はこんなもんなのだろうか。

パワハラに何度もあい、新卒で入った会社で「社会」からドロップアウトし、フリーターを2年続け、バイトを転々とし、次の職場でもまたパワハラにあい、年々トラウマが増えていく。

先日、たまたま前職をなぜやめたのか聞かれる機会が2度あり、ぼくはフラッシュバックした。

「世間」てやつから「お前がうまくやっていけないからだめなんだ」「弱いからドロップアウトしたんだ」「なにもできないできそこないだ」と言われているような気がして、自閉症だから余計そうなのかもしれないけど、当時の状況がありありと映像で浮かび上がり、落ちた階段や、泣いたトイレの床が見える気がして吐き気がした。そしてたどり着いたデリカフェで1時間以上涙を堪えながらも泣き、友人に電話をする。いままでは元パートナーに電話をして助けてもらっていたがいまはそんな風に依存できる人もいないし、してはいけないと思うから、一人で処理するようにがんばっている。

友人は主婦になり、母になり、そしてパートナーがいる。友達もいる。同じ「枠組みで」会話をできる人たちがいる。そして安心することができる。

ぼくは31歳、女性、無職、であり、鬱であり、発達障害であり、セクシュアルマイノリティである。
助けを求めたコミュニティで何度となく傷ついた。事情を知っている人が少ないから、余計、こんなぼくをさらけだせる友人は数えるほどだ。家族を頼れないほどぼくは「姉」をやってきていて、これ以上心配を増やさないでほしいと言われた過去を持ち、助けを求めるのが下手すぎる。
傷ついているときほど「笑顔」で「大丈夫」だと言う。

31歳、女性はこんなにもしんどく生きづらいものなのか。
ある人に言われた「気の持ちよう」という言葉で紛らわせることができるほど、ぼくの足に絡まりついたトラウマは簡単に外れることもなく、疲れたり、ストレスがかかると黒い雲になってぼくの前に現れる。そして「お前が弱いせいだ」と何度も言ってくる。

31歳、女性はこんなにもしんどく生きづらいものなのか。
「息をしづらい」それがなんともよく言い表しているように思う。


6年連れ添ったパートナーと共依存になり、貧困になり、社会からドロップアウト



「お前は幸せになれない」そう黒い雲が今日もぼくに言ってくる。

そんなことはないと言い切れるほど、いま社会はぼくのような男にも女にもなれない、空気を読めない人間に優しくはないということを身をもって知っているから、言い返すことができない。

ぼくは31歳、女性で、無職で、鬱。

将来どうやって生きていくのか、だれとどこで何をして笑えるのか想像することができない日の方が多い。

まだ鬱なのか?それすらよくわからない。


他の31歳だったら、仕事をして彼氏かだんながいて、子作りの話をしているか子育てをしていて、将来のことを話し、両親に孫の顔をみせ、自分の子どもが大きくなったら自分の老後を見てくれるだろうから寂しくないと思えて、友達も同じような道を歩いているから、相談したりすることができて、まだ友達でいられると思えるだろう。

ぼくは仕事をするのが怖くて、トラウマがフラッシュバックする。子どもは作りたくないから老後が心配だ。一人孤独死することをイメージしている。たとえば好きになった人がセクシュアルマイノリティ以外の人だったら、ぼくは女性らしくしなければ嫌われてしまうんじゃないかと思って、何年かぶりにレディースの服にお金を使う。自分のことをぼくと言っていると好かれないんじゃないかと思って「わたし」を使う。31歳でいつも死ぬ時のことをイメージしている。生きることではなく、死ぬ時一人ぼっちなのではないかと想像している。友達が減っていく。セクシュアルマイノリティに理解のある人が増えてきているとはいえ、この「孤独感」を共有し合える人は少ない。この「切迫感」を「大変なこと」だと理解して寄り添ってくれる人はわずかだ。ぼくが社会から「ドロップアウト」したのは決してぼくだけのせいではないのだと言い、未来を想像させてくれる人もわずかだ。セクシュアルマイノリティのコミュニティに目を向けてみても、内輪のもめごとが流れてきて、余計、しんどくなる。こんなんだから自分に「自信」がない。こんなぼくを好きになってくれる人なんていないんじゃないかと思う。だからささいなコンプレックスが山のように大きく見え、小さなほくろでさえ、自分が嫌われる要因なのではないかと思えてくる。

31歳、ぼくは死について考え、必死に生きている。
どうやったら笑って過ごせていた日々に戻れるのか、毎日必死に考えている。
家にいるだけならお金はなくならない。
だけど定職にもついていないから、外にでてお金を使う。
すると仕事をしていたときよりもお金がかかる。
そしてまた自己嫌悪になる。

「助けて」の一言をいうのが難しい。

だって決めるのは自分だから。
自分の足で立って決めて歩いていかないといけないと思っている。

他の人はできているから、そう思ってしまう。
31歳なら他の人はできているからって思ってしまう。

仕事をしたら社会とつながっている感じがして、気持ちが楽になるのかと思ったけど、そうでもない気がする。

誰かに好かれたい。

誰かに心配されたい。

一人じゃないって思いたい。

一人じゃないって思わせてほしい。

「孤独感」
「切迫感」
「自信がない」
「未来が描けない」
「助けを求められない」

仕事をしたいなと思えるようになった。でも、次に働いた職場でホモフォビア(同性愛嫌悪)があったら、今度こそ死んでしまうんじゃないかと思っている。それくらいぼくがいままで経験してきたトラウマってやつは大きい。


誰かと付き合いたいな、と思える。でも、次に付き合った人に、離れていかれたら、今度こそ「孤独」に負けてしまうかもしれない。そんな重いやつと付き合いたい人なんていないだろうと思ってしまっているし、きっとぼくは依存しない=助けを求めないことだと勘違いしている。だから平気なフリをして日々を過ごしている。元気なフリをして日々をやり過ごしている。

本当のことが言える場所が
この世の中には少ない。

こんな場所にぼくの本音を残しておきます。
32歳の誕生日にはもう少し、未来を想像して笑っていたいなと思います。

久しぶりに繕わないでただ思っていることを書いてみたら、あまりに重くなったのでFacebookにもツイッターにもシェアせず、ただここにおいておこうと思います。