ぼくの見ている世界

感じたことを記録として書いていきます。

自分のセクシュアリティについて(相手に伝える用)

自分のセクシュアリティについて、次だれかと付き合うなら知っておいてほしいこととしてメモしてたものをブログにもあげておくことにしました。

そんな人が現れたら読んでほしい、という感じで書きましたとさ。

私は24歳ごろまで普通の「女性」として生きてきました。女はスカートを履き、化粧をし、男性と付き合い、結婚して子どもを産むのが当たり前だと、その枠に自分を押し込めて生きてきました。だけど、たくさんのセクシュアリティを生きる人たちに出会い、自分らしさとは何かを考えたときに、仲の良かった女の子を恋愛対象として好きだったことに気づいたり、レズビアンの女の子を好きになったり、ボーイッシュな服装が好きだったと気づいたり、自分がいままで「女性にさせられてきた」ことに気づきました。だから新卒で入った会社で「スカートを履いてくるか賭けよう」と言われた時もひどく傷つきました。毎日会社できくホモネタも、履かなければならないパンプスも、苦痛で仕方がありませんでした。セクシュアルマイノリティのことを話せないこともしんどかった。自分のことを女らしく扱わない人だけは信頼できました。それ以上に仕事がしんどくてそんなことを考える余裕もなかったですが、仕事をしながらいままで多い時は月に数回セクシュアルマイティの講演活動を続けてきました。1社目を辞めてからは人間不信と、もう二度とアウティングされたくないという思いから、4日程度のバイトを転々とし、治験薬を飲むバイトをしたりしていました。ある日工場のバイトで「あの人男なのか女なのかわからへんよな」と笑いが起きました。目しか見えないような作業着で、名前も呼ばれない職場でもまた苦しい思いをしないといけないのかと思ってバイトを辞めました。ふらふらしていたところにNPOから声がかかりバイトを始め、スタッフになり、気づいたら激動の日々を送っていました。
女性らしく扱われることが本当に無理です。私を大切にしてくれるのはすごく嬉しいけれど、「彼女」と言われることや、女だからこうと言われることや、逆に男はこうあるべきという話も苦手です。結婚式も昔はあわせてワンピースを着ていましたが、いまはパンツスーツに革靴で出席しています。下着も女らしいものや胸が強調されるものが本当に苦痛です。相手に対しても男も女も関係なくその人自身の話をしたいと常々考えています。自分が男性と付き合ったとしても自分がセクシュアルマイノリティであることは変わりないし、生きていく中でしんどいことがたくさんあることは変わりません。セクシュアルマイノリティの友達や仲間がいることも変わりません。うまく言えないんですが、私はセクシュアルマイノリティです。そしてそのことをすごく大事にしています。一人称は「ぼく」と言いたいというより「私」と言いたくない気持ちが強くて「わか」と呼ぶのが一番しっくりきます。幼いと言われたのでなんとか「私」と言っています。