ぼくの見ている世界

Waka Kobayashi/感じたことを記録として書いていきます。

講演準備なう

セクマイの講演準備してて、教員の事前アンケートを200人分とか見てると、Q.どんな発言がありましたか?に「気持ち悪い」「女どうしはきしょい」とかいろいろ書いてあって、
Q.同性愛か異性愛かは選択できると思いますか?がダントツ「選択できる」で、
自由記載欄には山ほど、とにかくわからないから、実践例を教えてほしいと書かれていて、医学的な説明をしてほしいとかあって、グサッときたりして、
あぁ、講演向いてないなぁと思いつつ、多分これをうまくまとめて考察して当日なんか結構うまく話しちゃったりしちゃって、「あぁよかった!また本日も種まき終了!!」って達成感を得ちゃって、
でも次の日なんか調子悪くって、気づいたら玄関で泣いてたりしてて、「あぁ世の中そんなにすぐは変わらないしあの子の命は戻ってこない」とか考えちゃって。
これを客観的に、「ほうほう」「なるほど」と考察し、当日も自分のエピソードは話さずかっこいい演説をできるほどぼくは器用な人間ではなく、
結局この瞬間がだれかの人生につながってるって、体全身でバシバシ感じ取っちゃって、先生200人の中にどれだけの当事者の先生がいて、どんな想いで聞いてるんだろうとか考えたら、
そんなテンプレートみたいな準備しちゃだめだって、気づけば脳みそがフル回転で、
そんなことを2007年に大学で小さなポスター展示をしてから早10年。
活動やめよう、って何度考えても、自分のメンタルによくないってわかってても、続けてしまう。
あぁどうしたらええもんか。
でもこれが自分の良いところでもあるねんけど、気づいたら行き過ぎるのはADHDの傾向で、感覚で感じ取りすぎるのは自閉症の傾向で、頑張りすぎるのは自死の友達を持ち、震災体験のトラウマで。
こないだちょっとやってみたAskfmやめたけど、実は質問が結構きてて、「人権屋はクズ」って言葉に傷ついてたみたいで、人権屋がクズならばいったいあなたは何者なのだ?神なのか?とか考えちゃって。
今日もスタバで、「平気なフリをして」講演準備をしているのです。