ぼくの見ている世界

Waka Kobayashi/感じたことを記録として書いていきます。

シガードッグ/10-FEET→つばきフレンズ→「友達」ができた経緯

シガードッグをカバーしました。
下手くそやけど、これをカバーしたかった理由はあって、ちょっと書きます。

今年2月にギター始めて、なんとなく弾き始めて、初めて「音楽」ってものに触れた。

8月にモンバス(香川のフェス)にいくから10-FEET聴き始めて、5月20日にシガードッグを知った。
それまで10- FEET聴いたこともなくて、全然10-FEETぽくないってゆったら変やけど、しずかめな「シガードッグ」が頭に残ってん。ほんで、なんでこんなに頭に残るんやろうって考えて調べてたらなんと3.11の時に被災地にもっていくために作った曲だということが判明。
10-FEET | 激ロック インタビュー
それから
6月9日につばきフレンズのことを知った。
今年3月に自分の妹がエクストララージサイズの脳腫瘍と闘った。
つばきの一色さんも脳腫瘍と闘ったって知って、気づいたらひたすらつばきの音楽YouTubeで聴きながら泣いてた。もう涙が止まらなかった。


自分には1.17という阪神淡路大震災のトラウマと、セクシュアルマイノリティの友人を自死で失うというトラウマがあるねんけど、どうしたらグリーフケアできるのかすごい大きな課題だった。

シガードッグを聴けば聴くほど、自分の中のトラウマが浄化されていく感じがした。3.11の時自分はトラウマがあるから現地にいけなくて、休日に物資をダンボールに入れるボランティアに参加した。それでもいつか東北に行かなくちゃって気持ちが強くて、2013年6月1週間東北に元パートナーとふたり旅に行った。仙台1泊〜石巻〜女川〜気仙沼1泊〜大船渡〜陸前高田〜南三陸〜仙台2泊(松島)〜福島いわき市1泊。語り部のおばちゃんが、まだ記憶に新しい話をたっっくさん聞かせてくれた。レンタカーについてたナビに載ってる学校や郵便局はそこになかった。1週間、鳥肌が立ち続けていて、車も二日で16時間くらい運転したけど、もう全身でバシバシ感じ取ってしまって、3.11が自分の中で1.17と同じくらいトラウマになっていたことを知った。ぼくは3.11の時東京の美術館にいて2度目の大震災を経験した。余震の時点で感覚的にこれは大きいとわかった。B1Fのミュージアムショップにいたぼくは関西とは違う東京のなんとなく危機感のなさを察知して「外に出てください!」と大声で叫んだ。外に出たあと震度5以上の揺れの中、ぼくはパニックになってずっと「死にたくない!」と叫んでいた。ぼくは3.11を経験していたのだった。

それからつばきフレンズのことを調べていけばいくほど、こんな弔い方があるんだって、自分の中ではすごく大きなことだった。
つばきの曲を聴きながら、あの子の曲を作ろうって気づいたら歌詞を書いてた。
2月に始めたばっかりのギター。うまくいくかわからないけど、ひたすら作った。

それで6月15日に「友達」って曲ができた。2014年に自死で旅立った友人のことを歌った曲。
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8月にモンバスで目の前でつばきフレンズがつばきの歌を熱唱してて、お客さんはそんなに多くない中、ただぼくは呆然とそこに立って泣き続けた。ありがとうってことしか頭に浮かばなくて、フェス後つばきのウェブサイトからお礼のメールをすることしかできなかった。

音楽ってすごいなぁと思う。
2月に鬱もひどくなって死にかけたぼくが、生きることを考え、旅立った友人のために曲を作り、グリーフソングを作ることができた。

ほんまにほんまに、シガードッグとつばきフレンズにありがとうしかない。
そんで、「友達」が作れた。
ほんで、シガードッグ、下手なりにカバーできた。
一歩、前に進めた感じがする。
ほんまにありがとうしかない。

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