ぼくの見ている世界

Waka Kobayashi/感じたことを記録として書いていきます。

2017年振り返り

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2017年を振り返ってみます。
もちろんとてもプライベートなことや、他の人が関わってくるから書けないことも多いから、これが自分の2017年すべてではないけど、結構たいへんだった1年だったから、振り返っておこうとおもいます。
毎日の記録ノートは9冊になりました。

[去年の年末]
非定型うつ病なんだということがわかり、薬が大幅に変更されました。また〇〇になるんじゃないかという不安からパニックがぶり返す日々。親愛なるカウンセラーさんの認知行動療法のおかげで、過去のトラウマから生まれる考え方の癖を修正し、安心して暮らせるように自分と向き合い続けました。
めまいと眠気、悪夢の日々。ノートには「悪夢」というメモがたくさん。元パートナーと関係性について、将来について必死に考えていました。答えがでなくて、自分はポリアモリーなのか、モノアモリーなのか悩んだりもしました。
元パートナーと自分たちはバンドのようなパートナシップだね、という話をした。11月ごろから僕が一人で外出できるようになってきて、バンド構成のあり方を考え直す時期なのか、とかいう話をした。
人生の中でこれ以上ないほど「パートナーシップ」とは何かについて考えた月だった。いろんな人に「パートナーシップって何?」って聞いてみたけど答えは人それぞれバラバラだった。元パートナーと進めていた結婚パーティのハガキもできていたけど、やめることにした。大学の後輩から「自分を大事にして」「自分の幸せを大切にして」と言ってもらい続けて、目を覚まさせてもらえた。
そして年末元パートナーが過呼吸になった。
大切な友人も死にそうになりながら連絡を取り合い、二人で電話しながら泣く。

[1月]
#わかのことば をツイッターでつぶやき始めた。絵以外の自己表現の場所として。
1/2 たしかこの日、いきものがかりが「放牧宣言」をして、僕たちもそうしようという話になった。
1/4 友人だと思っていた人に「わかちゃんは普通を高望みしすぎや」と言われて過呼吸になる。
1/6 元パートナーがパニック障害になる。もう一緒にいてはいけないと思った。
1/7 元パートナーと6年半の関係性に終止符をつける。夜まったく眠れず、うなされる元パートナーをずっと見守った。
1/10 引越し先を決める。友人たちに相談しながら関係性について報告した。この頃は、毎日泣いてたな。元パートナーの前では平気なフリをして過ごした。
1/13 小林家に二人で報告。号泣。
1/16 引越し。妹が手伝いに来てくれた。ノートに「自分の好きなように生きる」「人に頼る」「精神的な自立」とメモあり。
1/17 友人と話して発達障害のテスト受けると決める。泣いてる。日々泣いてる。
1/19 ギターを買った。
1/24 妹の脳腫瘍が発覚。緊急性が高いことがわかる。
1/28 発達障害のテスト。フラッシュバックして病院で倒れる。

*ここまで書いてかなりしんどくなってきたので、ここからはざっくり振り返っていきます

[2月]
大切な年上の先輩に「わかちゃんがわかちゃんとして生きることを支えてくれる人と一緒にいてほしい」と言われる。
神戸IDAHOでReadyForでクラウドファンディング開始。なぜ唐突にそうしようと思ったのかは覚えていない。
会いたかった人に会いたいと思い連絡して会うことになった。友人だったと思っていた人にとてもキツイ一言を言われて号泣。そばにいた友人に支えられる。初めての作詞作曲「とんぷく」を作った。妹と湯村温泉に。1.17のPTSDが自分を常に生き急がせていることがわかる。ツイッターに大量のつぶやきをして1500人ほどいたフォロワーをすべてゼロに。しんどい。目の前にいる人もいつか離れていくんじゃないかって思う。身の回りの整理をしたくなり、たくさん物を捨てる。体調がとにかく悪い。アダルトチルドレン傾向があることもわかる。人の顔色をうかがって期待に答えてしまう。過去に言われたことばがたくさんタイムスリップ。大切な年上の先輩にハグしてもらう。オザケンが復活のニュース。CDショップで曲を聴いて、もう思い残したことはないと思って泣いた。友人が警察に電話、家に親と警察が来る。「ごめんなさい」といろんな人に言って、自己肯定感が下がる。こんなことになるならもう助けを求めたくないと思う。
月末、コンサータストラテラになり、とても落ち着く。峠を超える。会いたかった人と一日島に行く。走ることができなくて息が切れたけど、生きてるんだと思った。ギターとボーカル教室に通い始める。

[3月]
療育手帳の申請。「明日がこないかも」から「明日はくるかも」に考え方をシフトチェンジすることができた。カウンセラーさんに感謝しかない。どう生き方を変えたらいいのかわからない。張り合いがほしい。ReadyForの準備を頑張っている。さくらFMから依頼がきてラジオに出ることに。日々曲を作って気持ちを吐き出している。「自分はふつうじゃない」というマイナスループから「社会に適合していることもある」という考えにシフトするようにして、気持ちが落ち着く。本当にこのカウンセラーさんに出会えてよかったと思う。月末妹の手術。12時間の手術中に発達障害の本を読み理解が深まった。

[4月]
あごに大量のニキビができて1ヶ月以上治らない。早朝覚醒で目がさめるようになった。カウンセリングで苦手な場所や人を整理。妹の見舞いにいく日々。自分がアダルトチルドレン発達障害PTSDだとわかったことでいままで絡まっていた糸がほどけるように気持ちが楽になっていった。自分の性格の癖などにも自覚的になった。体が重くて動かない。NakamuraEmiの音楽に出会う。友達との飲み会でもうまく会話できなくて泣きながら帰る。父妹とグループ展をすることを決める。自分について分析する日々。ヘルプの出し方がわからない。ジムに行ったりヨガに行ったり。

[5月]
アンガーマネジメントの本を読み、感情ログをつけ始める。IDAHO本番も無事終了。夏にフェスにいくことになり、ジムに通い始める。友人のダンスを見に行って泣きながら曲を作る。前半予定を入れすぎて多忙だったので、後半ゆっくりした。感情ログをつけ始めたことにより、自分がいま疲れているのか、何にモヤモヤしているのかわかるようになってきた。カウンセラーさんからスケジュールを色分けするようにアドバイスをもらい、ハードな予定を色をつけたり、予定として決まっていなくてもしたいことなどを付箋に書いて暇ではないんだと気持ちを落ち着かせたりする方法が見つかった。少しでもモヤっとしたらオンタイムで解決するようにするなど具体的なアドバイスをもらえた。モヤモヤが発生したら、できるだけ早く気づいて解消するようにしたらすごく楽になった。ハッピーログもつけるようにしたら、「楽しいこともある」と思えて気持ちが安定し始めた。

[6月]
障害年金や就労支援について調べ始める。講演活動をするたびに過去の出来事がフラッシュバックする。毎回泣いている。つばきフレンズのことを知り「友達」というグリーフソングができた。活動を辞めたら誰か死ぬのではないかという恐怖感で動いていると気づく。初めて有澤百華さんのライブにいき感動する。自分も弾き語りができるようになりたいと思う。人とのコミュニケーションの中で、自己表現が苦手だということに気づく。顔文字などで補ってみることにした。年金の申請書を作るたびにフラッシュバック。友達に電話したり、相談して助けられる。

[7月]
ヒッキー新曲がでる。虚無感が強い。でも、楽しむことが罪悪感になる。1ヶ月以上お腹を壊していて、眠れていない。自立した人間になりたい。0:100で考えてしまう。自分について分析する日々。モヤモヤがたくさん溜まっている。しんどい。でもしんどい内容がなにかを把握できている。何に対してイライラしているかオンタイムで把握できている。それによって、どうすれば処理できるのかわかりやすくなってきた。喜怒哀楽の中でも「哀」の表現が苦手で相手に伝わっていない。就労移行に行って久しぶりの過呼吸、フラッシュバック。

[8月]
月単位の予測、結果メモを開始。カウンセリングに持っていくためにスケジュールとその日あったことのメモを一行ずつにまとめることによって、ストレスの溜まり具合や、ストレスが溜まりそうかの予測が見てわかるようになった。待ちに待ったフェスで思い切り楽しめた。それだけ体調が回復してきたんだと思えて自信になった。夜になると淋しい。予定がないことが不安で仕方がない。DV体験についてフラッシュバックすることがあり、初めて電話相談を利用。ノートに気持ちを書き出したり、気持ちを分析することが増えた。何かを知ってほしいと思った時、全て事実を伝えないといけないと思っていることがわかった。「話せないくらいしんどいことがあった」というだけでも伝わることを教えてもらえた。「役割期待のずれ」「自分への期待への妥協」というキーワードを本で知る。自分にプレッシャーをかけていることに気づく。

[9月]
ゆっくりすること、自分の時間をもつこと、何もしないことの大切さがなんとなく見えた。講演はしんどい。まだ元パートナーとの距離感に悩み続けている。坂口有望「おはなし」という曲に出会い圧倒される。歌うまくなりたいと思う。ひとつ大きな悩みが解決し、不安が減った。友人たちにヘルプを出す方法が少しわかってきた。

[10月]
やることが増えてなんとなく疲れている。11月の講演ラッシュやグループ展がプレッシャー。余裕ゼロ。白井先生との再会で「幸福追求権」について学ぶ。

[11月]
韓国で友人の結婚式。グループ展。講演3回を乗り切った。初めての弾き語りライブ。たくさんの人たちが自分の作品を見て泣いてくれたことで、自分がどれほど「生き抜いた」のかを実感した。来てくれた人に本当に感謝。

[12月]
ハローワークで担当してくれた人が対応がよく、これから先に少し希望が持てた。それでもまだまだ仕事、職場が怖い。講演3回乗り切った。やりたいことも出てきた。やらねばならないと思いすぎず、進めていきたい。誰が大切な友人なのか、誰が自分のことを本当に心配してくれるのか、考えるきっかけがあった。

[総括]
人生で1番と言っていいほどしんどい1年だった。2018年が本厄だけど、多分厄年だったんだろう。たくさん離れていった縁があった。でもその分大切したい縁を再確認することができた。中でも一番大変だったのは、2月のクラウドファンディングと妹の脳腫瘍が重なったこと。薬との相性が合わなかったり、パートナーシップも解消した中、本当によく乗り切ったと思う。この数年間、なんども「消えたい」と思うことはあったけど、「死」を選択肢にいれたのは初めてだった。PTSD、AC、ASDADHDというキーワードを得たことで、カウンセリングでどう自分に向き合っていくのか、定型発達ではない自分と付き合っていかないといけないのか、必死で考えて、方法を探った一年だった。そのおかげで、自分の感情のコントロールや予定の予測をすることでパニックを避けたりできるようになった。カウンセラーさんに本当にお世話になったし、このカウンセラーさんでなければここまで連れてきてもらえなかったと思う。本当に感謝している。妹の脳腫瘍は本当に大変だったが、家族の関係が修復した。偽りの仲良し家族ではなく、本当に大変な時に助け合いたいと思い合っていることが再確認できたのだと思う。何より、自分の特性がわかったことで、今まで抱えていた大きな過去のトラウマを処理することができつつあることが本当に嬉しい。今つながっている友人たち、家族を本当に大切にしたい。そして、自分が大切にしてもらえていないと感じる人たちや、しんどい事柄からは逃げていいということを来年も覚えておきたい。自分を守って、大切にして、そして誰かに大事にされたい。そして心の余裕のある状態で種まきを続けていきたい。来年は「仕事」という最大級の壁があるけれど、今年学んだことはきっと生かされると思う。2月に警察に電話をしてくれた友人には今は感謝できている。その時々で人間関係は変わっていくし、周囲の環境も変わっていく。「自分は幸せになってはいけないのではないか」という呪いから早く脱却したい。2018年、僕は笑って穏やかに過ごしていたい。31年間で学んだことがきっと32年目に生かされる、そんな気がしている。